【光州事件】(こうしゅうじけん)
1980年5月18日から27日にかけて大韓民国(韓国)の全羅南道の道庁所在地であった光州市(現:光州広域市)を中心として起きた民衆の蜂起。5月17日の全斗煥らのクーデターと金大中らの逮捕を契機に、5月18日にクーデタに抗議する学生デモが起きたが、戒厳軍の暴行が激しかったことに怒った市民も参加した。デモ参加者は約20万人にまで増え、木浦をはじめ全羅南道一帯に拡がり、市民軍は武器庫を襲うと銃撃戦の末に全羅南道道庁を占領したが、5月27日に大韓民国政府によって鎮圧された。
当初の政府の発表では、死亡者数は170人(民間人144人・軍人22人・警察官4人)、負傷者数は380名であった。
そんなに昔の話じゃないですが、ほとんど記憶にございません。
光州事件については韓国でもあまり詳しく報じられていないようです(国家として隠しておきたい事件)
韓国政府は、第二次世界大戦のことで「日本に正しい歴史認識を基にした誠意ある行動を期待する」とか言ってますが、自国に正しい歴史認識を基にした誠意ある行動があったか、っことですけどね…
ちなみに、死亡者数170人は少な過ぎるというのが専門家の大勢のようです。

【あらすじ】
1980年5月、民主化を求める大規模な学生・民衆デモが起こり、光州では市民を暴徒とみなした軍が厳戒態勢を敷いていた。 韓国紙は軍部に偏ったベタな記事をわずかに載せる以外のことをほとんど報じられなかった。
真実は闇に葬り去られていたということです。国内・国外とも。
「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う」というドイツ人記者ピーターを乗せ、光州を目指すことになったソウルのタクシー運転手マンソプ
マンソプは11歳の娘と二人暮らし。奥さんとは死別。アパートの家賃を滞納している。しかし、悲壮感はない。タクシーを運転しながら歌謡曲を歌うような陽気なおじさんです。
約束のタクシー代を受け取りたい一心で機転を利かせて検問を切り抜け、時間ギリギリにピーターを光州まで送り届けることに成功する。
ここで、マンソプとピーターは、光州がとんでもない事になっていることを察する。「これは只のデモじゃない」と。
留守番をさせている11歳の娘が気になるため、危険な光州から早く立ち去りたいマンソプだった。
マンソプは、1度は光州から立ち去るのですが、置き去りにしたピーターのことが気になって光州に戻るのでした。
ピーターはデモに参加している大学生のジェシクや、現地のタクシー運転手ファンらの助けを借り、取材を続けていく。
マンソプ、ピーター、ジェシクがファンの家に招かれて食事をする場面、愉快な夕食の場面です。この場面がボディブローのように後から効いてくるのです。
そして、ついに軍による民衆・学生の大量虐殺が起こるのだった。

(ココから先は劇場で確かめてください)
ココから先、泣けます! 劇場のあちらこちらですすり泣きが聞えます。在日の人かしら。
しかし、悲惨な終わり方じゃない。気持ちのいいエンディングでした。
 

シネマート新宿スクリーン2での上映ですが、座席数が少ないので立見の人もいました。アタシはネットで見て残席僅かだったので即予約し何とか座って観ることができました。 もっと大きなスクリーンでやればいいのに。
 

最後に辛口ですが、ラストシーンに差し掛かった場面で、追っ手の軍用車とタクシーのハラハラドキドキのカーチェイスのシーンがあります。これはあまりにも脚色し過ぎです。史実として「タクシー部隊」があったと伝えられていますが、わずか1000ccのポンコツのタクシーが3000cc超の軍用車と競争して勝てますか?(笑) ラストシーンで盛り上げたい気持ちはわからんでもないですが、これはちょっとやり過ぎです。