【インタビュー・サマリー】 ※誤字・脱字はご容赦を
● 国谷裕子氏の経歴とラジオ出演について
国谷裕子氏はNHK衛星放送「ワールドニュース」のキャスターを経て、1993年から2016年までの23年間、NHK総合「クローズアップ現代」のキャスターを務めた。
現在は東京藝術大学理事、自然エネルギー財団理事などを務め、インタビュアーとしても活動を続けている。
ラジオ出演の機会は多くはなく、テレビとは異なり、打ち合わせの少ない即興性の高いメディアであることに戸惑いを感じたと述べている。
テレビ番組については「ミルフィーユのように次々と人が登場する」と形容し、ラジオとの制作スタイルの違いを実感したという。
「クローズアップ現代」終了から8年が経過し、その間にメディア環境が大きく変化してきたことを実感している。
● 天安門事件の取材とジャーナリストとしての使命
1989年の天安門事件取材時、戒厳令が発せられた日に取材テープを日本に持ち帰らねばならなくなったという。
税関で没収されることを恐れ、テープを衣類に包んでトランクの奥に入れたり、別のテープを手荷物に分けたりするなど工夫を凝らした。
万一問われた際には「ヘアドライヤーだ」と答える準備をしていたと振り返る。
当時、鄧小平氏らとの首脳会談報道よりも、民主化を求める市民の動きを伝えることの方が重要だと感じたという。
現在NHKのアーカイブで放送されている天安門事件の映像の中には、国谷氏らが命がけで持ち帰った取材テープが含まれている可能性がある。
● クローズアップ現代のインタビュー手法と番組構成
「クローズアップ現代」は30分番組で、スタジオインタビューは通常7〜8分程度だったが、テーマによっては全編インタビューとなることもあった。
VTRで取材しきれなかった部分をスタジオで補完し、視聴者に「取材できたことがすべて」と思わせないよう工夫していた。
現象の背後にある「見えない部分」こそ重要な場合も多く、専門家への深掘りを心がけたという。
番組冒頭の前説(約1分半)では、伝えるべきテーマをどの視点・角度から提示するかを明確にし、視聴者と問題意識を共有することを重視した。
多様な問題がある中で、その日に伝えるべき視点を絞り込み、「番組全体の場づくり」を意識していた。
● 世間の空気と距離を置く報道姿勢
「クローズアップ現代」では、あえて世間の空気と距離を置いて報道する姿勢を大切にしていた。
映像の力は強く、一つの風向きが生まれると、少数派の意見や声を上げにくい人々の存在がかき消される危険がある。
同調圧力の中であっても、俯瞰してものを見ること、問題の底流にある課題を見つめることを意識していた。
テレビ報道には三つの危うさがあるという。
すなわち、①事実の豊かさを損なう危うさ、②視聴者に感情の一体化を促す危うさ、③報道側が視聴者の情緒に寄り添いすぎる危うさである。
俯瞰的な視点は時に「偉そう」と批判されることもあるが、従来型メディアの使命として欠かせない姿勢だと国谷氏は語る。
● 公平性と中立性、そして言葉の力について
「公平公正である」とは、誰に対しても問うべきことを問う姿勢を一貫して保つことだと国谷氏は述べる。
政治的な公平性と中立性は必ずしも同義ではなく、時間配分で中立を測るのではなく、公権力をチェックするという報道の使命を果たすことが重要だという。
人気政治家に厳しい質問をした際には強い批判を受けた経験もあるが、「それでも問い続けるしかない」との信念を持つ。
現代の日本社会では、政治家がキャッチーで疑問を挟ませない言葉を使い、空気を作る傾向があると指摘する。
「真摯に重く受け止める」といった表現が軽く繰り返されることで、言葉の意味が空洞化していく現象も危惧している。
それでも、違和感や疑問を言葉にする勇気が対話を生み、他者も同じ引っかかりを持っていることに気づけると信じている。
● ポストトゥルース時代のメディアと情報環境の変化
2016年、オックスフォード辞典が「ポストトゥルース(post-truth)」をその年の言葉に選んだ。
事実よりも感情や共感に基づく情報が人々を動かすことに、国谷氏は強い懸念を示している。
総務省の調査では、SNSやインターネットによる情報取得時間がテレビなどの従来メディアを上回る傾向が明らかになっている。
エコーチェンバー現象によって、人々は自分が心地よく感じる情報空間に閉じこもり、異なる意見に触れにくくなっている。
従来メディアは、取材と検証を経て真実を選び伝えるという点で、むしろこの時代にこそ重要性が増している。
ただし、わかりやすさや即答を求める社会の中で、丁寧な報道が「上から目線」と受け取られることもあるという。
● 国際情勢とジャーナリズムの危機、そして未来への展望
ウクライナやガザ・パレスチナをめぐる情勢では、国際社会のルールや規範が崩れていくことに強い危機感を抱いている。
オスロ合意によって築かれた共存の枠組みすら、いま揺らぎつつあると感じている。
また、アメリカのABC放送でキャスターが発言により一時休止となった事例に触れ、4日後に復帰した際は安堵したという。
戦後70年の節目に制作した「ひめゆり特集」から10年、展示を「でたらめ」と非難する声が政治家から上がる現状に、歴史の風化と歪曲を痛感している。
国谷氏は、ジャーナリズムがもっと力を持ち、問うべきことを問い、声を上げるべき時にはためらわずに声を上げることが重要だと語る。
従来メディアは新しい潮流に浮き足立つのではなく、これまでの知識やアーカイブを生かし、自らの歩みを大切にすべきだと提言している。