【インタビュー・サマリー】 ※誤字・脱字はご容赦を
● 小林美香さんの紹介と写真研究家としての経歴
小林美香さんは作家で写真研究家として活動し、美術館やギャラリーでの展示企画、大学での講義を行ってきた。
写真を撮る側ではなく、見たり歴史を調べる側として美術史や歴史研究に興味を持ち、その観点から様々な仕事をするようになった。
写真や作品を扱う仕事を通じて、写真の背景を調べる研究を長年続けてきた。
美術の仕事で培った経験から、作品の文脈や隣接するものとの関係性を重視する視点を持っており、写真研究家という立場から、広告やメディアにおける視覚表現の分析に取り組んでいる。
● ジェンダーの視点で広告研究を始めた経緯
2010年代頃からマタニティフォトと呼ばれる、妊娠した著名女性が公共の媒体でその姿を見せることに関心を持ち、広告やメディアに注目するようになった。
2010年代後半から東京五輪に向けてスポンサー企業の広告が街に溢れ、世の中が一つの方向に向かっていく流れを広告が作り出していると感じた。
五輪開催そのものに良い思いを持っていなかったため、批判的な視点で広告を見るようになり、東京オリンピック時の「全員団結」のようなスローガンに対して、全員が一つにならなければいけないという圧力に疑問を感じた。
街の景色を記録しておいた方がいいという意識で写真を撮り、Xなどのソーシャルメディアに投稿したところ、それを面白がって見る人が増えていった。
ソーシャルメディアでの反響をきっかけに、雑誌などの媒体から記事執筆の依頼を受けるようになった。
● 「できる男」のステレオタイプと広告表現
著書のタイトルは『その〈男らしさ〉はどこからきたの?』で、サブタイトルは「広告で読み解く「デキる男」の現在地」となっている。
「デキルおとこ」と検索すると、スーツを着た背の高い白人や引き締まった体型の男性の画像がずらっと出てくるように、男性の理想像が非常に狭く設定されていることに疑問を持ち、研究の対象とした。
最初は女性のイメージに関心を持って広告を見ていたが、コロナ禍で画面越しに人を見ることが多くなり、男性のイメージにも注目するようになった。
リモートワークで働き方が変わったにもかかわらず、広告の中の男性は「できる男」的なフォーマットがずっと残り続けている。
街中をフィールドワークするように広告を撮影し、撮りためていくことで様々なパターンが見えてきて、それを類型化して分析した。
● 男性を描写する24のステレオタイプパターン
本の中では、男性を描写する際に頻繁に用いられるステレオタイプ的な表現を24のパターンに分類している。
「ロボットのように量産される男性」というパターンでは、同じ人物をコピーペーストして増幅させる表現が使われ、これは女性にはあまり見られない。
転職サイトや英会話スクールの広告で男性が複数並ぶ表現が多く使われている。
「ただおじさんがいる」というパターンでは、不動産や金融系の広告におじさんが複数人バーッと並び、財産を司る信頼と実績を表現している。
「背景高層ビル」というパターンでは、スーツを着た男性の背景に必ず高層ビル群の写真が配置され、都市部で働く成功者のイメージを視覚化しており、高層ビルは地方から東京に出て本社勤務になるという人生の成功を象徴的に表現するものとなっている。
● 男性美容と新しい男らしさの項目
1980年代末の「24時間戦えますか?」という栄養ドリンクのCMから、「おじさんの詰め合わせ」まで、広告表現の変遷を追っている。
近年、男性の美容や脱毛が流行しているが、それは男らしさからの脱却ではなく、タスクが増えて新しくバージョンアップされた男らしさの項目になっており、男性美容は出世や対人の印象向上、モテるといった男性の成功と結びつけられ、鍛錬として表現されることもある。
大谷翔平は生活インフラをつかさどるほど広告に溢れており、様々な商品の広告に起用され、コーセーのコスメデコルテの広告では、大谷翔平がさらなる高みを目指す精神鍛錬としての美容を体現する存在として描かれている。
男性美容の市場規模はこの6、7年で倍ぐらいに広がり、広告も大幅に増加している。
● 写真撮影と広告におけるポーズの意味
取材などで写真を撮られる際、カメラマンからポーズを求められることが多く、二大ポーズは「腕を組む」と「顎に手を乗せて考える」ポーズである。
腕を組むポーズは堂々と立っているように見え、顎に手を乗せるポーズは堂々と語っているように見える効果があり、腕を組むと肘が画面に入り、肘が視界に入ることで15センチ以上背が高い人だと認知させる効果がある。
広告は撮られる側の思いだけでなく、見る側の期待や投影される価値観も含めて作られており、注目される人はその価値観を体現しているかのように振る舞っているとされ、そのように表現されることが表象である。
背の高さや肘の位置など、細かな要素が画面の中での印象づけに意図的に設計されている。
● 政党ポスターと男らしさの表現分析
選挙ポスターや政党ポスターは、自分がどういう存在かを見せるための重要なアイテムとなっており、参政党の神谷代表のポスターでは、頭頂部と画面の上辺がギリギリまで接近し、視線が上にあり、上半身から腰下まで入れることで体の高さが強く印象づけられる。
男性の場合、背が高いこと自体が強さとして転換されるため、そこが意図的に表現されており、高身長、物怖じしない態度、たくましい上腕二頭筋などを一つのポスターの中で表現することで、力のある人物だと感じさせる。
スローガンの配置や書体の選択(ゴシック書体や斜体)によって、勢いと強さで押し切る印象を与える。
広告は0.05秒ぐらいでつかまないといけないテクニックであり、瞬時に判断させることが求められる。
● おじさんの詰め合わせ発言と筋肉表現の分析
2024年の自民党総裁選のポスター「ザ・マッチ」について、トラウデン直美さんが「おじさんの詰め合わせ」と評したことがインターネット上で賛否両論を呼んだ。
若い女性とされる人が中高年男性を評すること自体がはばかられる空気が社会に行き渡っており、少しでも言うとビクッとなる現象が起きるが、毒蝮三太夫さんが同じポスターを「ジジイの佃煮」と評したら炎上しないが、若い女性が言うと「言わせてたまるか」という反応が生まれる。
筋肉描写について、スーツと筋肉は男性の記号的なもので、強くあることや若々しくあることが追求されるべきという圧が強い。
カルバンクラインの下着広告では、その年のイケてる人を「腹筋オブザイヤー」として起用し、パンツ一枚で男性を見せる表現をしており、1980年代から2020年代まで、カルバンクラインの広告表現はほとんど変わらず、ギリシャ彫刻がパンツを履いているような見え方で、男らしさは変わらなさでもあることを示している。
精力剤の広告では女性が「今夜もすごかった」と言う表現が使われるが、これは男性が自分をすごいと言うのではなく、女性に言ってほしいという関係性の投影である。