【No.14】

2025年10月21日 又吉直樹(芸人・作家)





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【インタビュー・サマリー】 ※誤字・脱字はご容赦を

● 番組オープニングと再会の挨拶

文化放送「武田砂鉄ラジオマガジン」のインタビューコーナーに芸人で作家の又吉直樹さんがゲストとして登場し、久しぶりの再会を果たした。
又吉さんは以前伸ばしていたヒゲを剃っており、小説の連載を書き終わるまで延ばそうと決めていたが、ヒゲが伸びている状態が嫌だから頑張れると思っていたという経緯を説明した。
番組が始まってまだ1ヶ月も経っていないが、月曜日のレギュラーにせきしろさんが出演しており、その話題に触れた。
武田砂鉄さんは又吉さんとせきしろさんの本を多く読んできており、AMの朝の時間にせきしろさんがネタをやっていることに動揺を感じていると述べた。
せきしろさんは後輩の視点から見ると「めちゃくちゃ優しい」「面倒見がいい」先輩であると又吉さんが評価した。

● せきしろさんとの出会いと交流のエピソード

又吉さんがせきしろさんと初めて食事をしたのは、共通の構成作家を介して新宿で三人で会った時で、俳句や短歌の話から自由律俳句を一緒にやろうという話になった。
その際、共通の作家が結婚する時にせきしろさんに保証人を頼み、せきしろさんが署名した時のハンコが「めちゃくちゃでかかった」というエピソードで盛り上がった。
せきしろさんは実家から上京する時に親に持たされたハンコしか持っておらず、それが無駄にちゃんとしていて大きかったため、人と比較して恥ずかしがっていた。
又吉さんはそのハンコの大きさを恥ずかしがるせきしろさんの照れる姿に共感し、「こういうのを照れる先輩なんだ」と感じたことが関係性の入口となった。
前日の放送でせきしろさんに明日の又吉さんへのメッセージを聞いたところ、「風邪ひかないように」という優しいメッセージだけだったことが紹介された。

● 武田砂鉄氏との関係性の始まり

約10年前、武田砂鉄さんの問い合わせメールに「又吉です」というタイトルのメールが届き、最初は怪しいと思いながらも開いてみたら本物だった。
又吉さんが「火花」を書いた時、多くの書評や記事が「芸人が小説を書いた」ということにしか触れておらず、小説の内容について書いていないことに絶望していた。
批評の記事でさえ「芸人が小説書いたということにしか触れてないから本質的じゃない」と書きながら、その記事自体も同じことをしていることに又吉さんは失望した。
武田砂鉄さんだけが芸人という肩書きにほぼ触れず、小説の内容についてフェアでフラットに書いてくれたことに又吉さんは救われた。
最初のメールに「今夜はあなたのおかげで生き延びれました」という踏み込んだ内容が書かれており、そこから二人の交流が始まった。

● 文学界への失望と往復書簡

当時の又吉さんは文学界が「怖い世界」で「結構排他的な空間」だと感じ、フラットに物事を見る人たちが集まっていると思っていたのに「格好だけだったのか」と絶望した。
一部の人々は流行を追いかけているだけで、本質的には人と人を区別する傾向があると感じたが、武田砂鉄さんのような人もいることで「半々ぐらい」とバランスを取り戻した。
この10年で文学界の地図はだいぶ変わってきており、細かいところに議論すると思ったら「ただの政治」という感じで振る舞っている人もいた。
二人は新聞で往復書簡を出版し、今読み返してもお互いに考えていることや言っていることはほぼ変わらないと感じている。
往復書簡の中で、又吉さんが「人間」を書いた時に分かりやすい文体を意識したことに対し、武田さんが「それは違うんじゃないか」と指摘したエピソードがあり、今読み返すと武田さんの方に共感できると又吉さんは述べた。


● 日常の細かな観察とこだわり

二人が揃うといつも細かな話をしており、「今日これか」と思うバスタオルがあるかどうかという話題が出た。
又吉さんは20代の時に舞台上で木村祐一さんに「今日これか」というバスタオル持ってるでしょと当てたところ、木村さんは「35歳ぐらいまではあった」と答え、又吉さんに衝撃を与えた。
又吉さん自身も35歳を超えた頃には「気持ちいいタオルばっかり」になり、ハズレのタオルがなくなっていることに気づいた。
ホテルのビュッフェの外国産のジャムの扱い方がわからないという話題も出て、武田さんはホテルに行くたびに「これ又吉さん言ってたやつだ」と思い返すようになった。
又吉さんはTwitterで「傘と傘がすれ違う時に自分の傘を浮かせたり傾けたりする人と、絶対に自分の傘を動かさないと決めてる人がいて、街ではこの勢力が拮抗している」とつぶやいており、自身は常に次にどう避けようかしか考えていないと述べた。

● Twitterでの観察と食事のこだわり

傘をすれ違う時に避ける派と避けない派が半々ぐらいいることに気づき、両方が避ける派だった時に高さの調整で逆にぐちゃぐちゃすることがある。
統一方針が欲しい感じもあるが、ルールができるとそこから外れる人も出てきて、守らないことを怒る人も出てくるという問題がある。
又吉さんは「昼ご飯の蕎麦につけた天ぷら盛り合わせのエビを楽しみに残していることを周りに気づかれていないか不安になることから卒業しようと思います」とTwitterに投稿した。
一人で食べに行って周りが二人三人で食べている時に、「あの人大人なのにエビ残してる、楽しみにしてるんだろうな」と思われるのが恥ずかしかったが、もういいだろうと思った。
投稿した瞬間はまだ恥ずかしかったが、楽しみにしていてもいいという気持ちになり、今も結局は恥ずかしいと感じている。

● 「本音」という言葉への違和感

往復書簡を読み返すと、武田さんが「本音ベース」という言葉が嫌だと書いており、今でもそのことを新たに言っているほど気になっている。
又吉さんもYouTubeで「本音で話そうって切り口やめようよ」ということを熱弁しており、二人の考えが似ていることが分かった。
「本音で語ろう」があることによって、「普段の会話なんやねん」という話になってしまい、「今まで何ベースだったの?」という疑問が生じる。
お笑い芸人として誰とお会いする時でも基本楽しくと思っており、隙があれば笑ってもらえるような話もしたいと組み立ててきた後に「面白い話してもらっていいですか?」と言われると困惑する。
自分の本音と相手の本音が合うわけでもなく、同じ熱量で本音を出し合っている瞬間はなかなかないため、「本音」という言葉自体が難しいと感じている。

● 「やってみろ」問題と批評のあり方

又吉さんが武田さんにエッセイのテーマとして提案したのは「お前がやってみろ問題」で、小説に文句を言うと「じゃあお前が書いてみろ」と言われる問題について。
又吉さんは「全く思わない」と述べ、自分がやりたくてやっているから批判されても「その人がやってみたものを見たいとも思わない」ので引き続き自分がやると考えている。
「やってみたら面白いですよ」という勧めと「そんなこと言うならお前がやってみろ」は全然違うものであり、前者は体験することで新しい視点が得られるという意味である。
又吉さん自身も若い頃に小説を書こうとして書けなかった経験から、改めて本を読み直した時に書き出しの一行目から「こうやって書かれてたんや」と面白く感じた。
「文句があるならやってみろ」は最後の投擲のような最終手段であり、それを平然と受けることであちらは次に出す球がなくなるため、動揺しないと決めておくことが大切だと述べた。

● 蓄積できないことの理不尽さ

又吉さんが提案したもう一つのエッセイテーマは「蓄積できないことと蓄積できるものの理不尽さ」で、お金は貯蓄できるが体力は蓄積できないという問題。
若い頃にめちゃくちゃ走っていたのに大人になったら走れなくなる、遅刻しそうで駅からダッシュして着いたのにまだ誰も来ていなかった時のダッシュも蓄積したいという思い。
睡眠時間の寝だめができないなど、蓄積できないことの理不尽さをどう消化すればいいかという問題提起。
武田さんは、ダッシュして待ち合わせ場所に行ったのに相手が来ていなかった時、相手への恨みにしてしまうと成分が良くないので、何かに生かすことが大切だと提案。
自分が遅刻した時に叱られた際の10分と、早く行った時の10分を頭の中で溶け合わせて平静を保つという方法が提案されたが、対外的にはただ開き直ってる人に見えるという問題も指摘された。

● ヨシタケシンスケ氏との共著と猫背の美学

又吉さんはヨシタケシンスケさんと「本でした」という共著を出版し、本にまつわる内容でお互いが同じテーマで別々の作品を作るという構成になっている。
以前「その本は」という本も出しており、ヨシタケさんは絵と文章で、又吉さんは文章だけの構成で、こんな本があったら面白いというような内容が含まれている。
二人とも猫背で、「猫背の人は信用できる」という話になり、猫背だと空を見るより床を見るから小さなことに気づける人間になるという話で盛り上がった。
ヨシタケさんの絵も日常の小さな1コマを本当に小さな絵で描くことで、こういうことがあったのかと気づかせてくれる。
又吉さんも空の写真を撮った回数より排水口を撮った回数の方が多く、ピッチャーを見ても投げてる手より投げてない側の手を見がちだと述べた。
 

● 書き出しリストと日常の観察

「本でした」の後半には「復元できなかった書き出しリスト」が載っており、お互いに出し合った書き出しの案が並んでいる。
「その肩パッドには秘密があった」「カラーコンタクトさえあれば彼の口癖だ」「この角度に慣れるしかないのだ」など、興味深い書き出しが多数掲載されている。
これらの書き出しから一つ一つ物語が広がっていくことを想像でき、読者にも自分で想像してもらうことを意図している。
又吉さんは往復書簡でも「本でした」でも共通して、「雨やな」と誰かが言った時の「でも雨が降らないと人は生きていけないからね」という返しの言葉が嫌だということを書いている。
中学生時代に実際に「雨か」と言った時にそう言われて強く嫌だと思った経験があり、一昨日の朗読会でもその話をするほど気になっているテーマである。

● 音楽劇「エノケン」と榎本健一

又吉さんは現在上演中の音楽劇「エノケン」の脚本を担当しており、喜劇俳優の榎本健一さんの人生を描いている。
市村正親さんが主演するということで是非一緒に仕事をしたいと思い、又吉さんの世代ではエノケンさんをあまり知らないので本を読むことから始めた。
実際の映像や歌が残っており、聴くとすごく魅力的で面白い人だということが分かってから書くのが楽しくなった。
エノケンさんを追うことで芸能史も見えてきて、サービス精神がすごく強かった人だったことが分かった。
サルカニ合戦の舞台で猿の手下役としてセリフもない役だったが、炊いた米を頭に乗せて逃げる時にこぼして食べるという演出を勝手に加え、客席を沸かせたエピソードから「とんでもない心臓の持ち主」で「面白い人だった」とファンになったと語った。

● 今後の活動と締めくくり

ピース綾部さんとはたまに連絡を取っており、今年の4月にトークライブも行い、引き続き一緒に仕事をする関係を続けている。
綾部さんの本のタイトルが「HI! HOW ARE YOU」であることが最高だと武田さんが評価した。


又吉さんは今後について「今までやってきたことを引き続きやっていく」と述べ、小説も書き終えて本になっていく予定。
小説のペースを上げたいと考えており、年間2冊書いたことがないので、それを目指したい、さらに5冊や14冊書いたらみんなが「あいつふざけてんな」と思うだろうと冗談を交えた。
せきしろさんから「風邪ひかないように」とメッセージをもらい、又吉さんからはせきしろさんへ「ちゃんと食べれる時に食べてください」というメッセージを送り、互いにケアし合う関係性を示して番組を締めくくった。