【インタビュー・サマリー】 ※誤字・脱字はご容赦を
● 武藤浩子氏の紹介と研究背景
武藤浩子氏は早稲田大学大学総合研究センター次席研究員として、大学生の教育や学び、社会人の学びについて研究している。
以前はIT企業に15年以上勤務しており、若い人たちが大学院に行く様子を見て自身も大学院へ進学することを決意した。
修士課程から博士課程に進み、現在は研究職として就職している。
『主体性』はなぜ伝わらないのか」という本をちくま新書から出版した。
博士課程に入ってから約8年間、主体性について研究を続けてきた。
IT企業での経験と教育研究の両方の視点から、主体性という概念を探求している。
● 主体性研究の動機と教育・企業のズレ
教育現場と企業の両方で「主体性」という言葉が使われ続けているにもかかわらず、互いに主体性が足りないと言い合っている状況に疑問を持った。
教育における主体性は「自分で手を挙げて意見を言える」ことを指すのに対し、企業では「命令されずに率先して仕事を見つける」ことを指す傾向がある。
学生と企業の就職担当者へのアンケート調査では、学生は自分に主体性があると答えるが、企業側は学生に主体性がないと答えるという明確なズレが存在する。
学生が主体性を発揮していると思っているのに企業側から否定されると、主体性は必要なかったのではないかと学生が誤解してしまう問題がある。
このズレを解消するため、まず企業が求める主体性を明らかにすることから研究を始めた。
教育と企業が異なる意味で主体性を使用していることが、相互理解を妨げる原因となっている。
● 企業が求める主体性の変遷
経団連のアンケートにおいて、主体性という言葉が選択肢として登場したのは2011年からで、それ以前は「志」や「熱意」といった言葉が使われていた。
2011年に主体性が登場して以降、現在に至るまでずっと企業が採用時に重視する資質能力の第一位となっている。
企業が求める主体性の意味は時代によって変化しており、2000年頃は「行動力」と一緒に使われることが多く、言われたことを実行する能力が求められていた。
2020年頃になると主体性は「思考力」や「協調性」と一緒に使われるようになり、自分で考えることや他者と協働することが求められるようになった。
経団連のアンケートや就職四季報のテキスト分析を通じて、企業が求める能力の言葉の変遷を明らかにした。
勤続年数や世代によって主体性の理解が異なる可能性があるが、現在の五十代の管理職も今の社会状況の影響を受けて思考力や協調性の必要性を感じている。
● 主体性を発揮するための「面白さ」の発見
企業の管理職へのインタビューで「主体性があるから面白い」「やらされ仕事は面白くない」という意見が印象的だった。
経験の有無に関わらず、自分が何をすれば面白いのかを発見することが主体性を発揮する上で重要である。
主体的になるよう言われても何でもできるわけではなく、自分が面白いと思うことだからこそ考えられるし、やる気になれる。
自分なりに考える前に、まず自分は何をすれば面白いと思うのかに気づくというフェーズが必要である。
どんな仕事にも枠組みはあるが、その中で裁量が与えられており、その裁量の範囲で自分が面白いと思う方向に進むことで主体性を発揮できる。
大企業や中小企業、さらにカメラマンなど様々な職種の人へのインタビューから、自分なりに考えて発信し、仕事に関して協働することの重要性が明らかになった。
● 教育における主体的な学びと企業の主体性の違い
教育の現場では「主体的な学び」という言葉が必ず使われ、生徒が黙って考えていたり、家で一人で調べ物をしたりすることも主体的な学びとされる。
しかし企業では、一人で考えているだけでは主体的とは評価されず、発信や仕事への貢献が求められる。
学校教育法の中教審答申では、主体的に学習に取り組む態度について、挙手の回数やノートの取り方などの形式的な活動で評価するものではないとされている。
答申では、子供たちが自ら学習目標を持ち、進め方を見直しながら学習を進め、粘り強く技能を獲得したり思考判断を表現しようとする意志的な側面を評価することが求められている。
この評価基準は非常に複雑で教師にとって実行が困難であり、現在中央教育審議会で評価方法の変更が検討されている。
教育に関わる人や大学生は、企業が求める主体性が教育現場とは少し違うという意識を持つことで、教育と企業のズレを減らすことができる。
● 求められすぎ社会と主体性の具体化
現代社会は「求められすぎ社会」であり、大学進学、学力、様々な能力など、個人に求められるものが多すぎて人々がアップアップしている状況である。
主体性が必要と言われても曖昧すぎる上に、学校と企業で意味が違うため、それに合わせようとしても合わせられるはずがない。
ワンオンワンなど個人面談が定期的に行われる現代の企業では、個人の働きぶりがより細かくチェックされるようになっている。
主体性という曖昧な言葉のまま評価すると、結局「ウマが合う」「付き合いがいい」という昔ながらの評価基準に戻ってしまう可能性がある。
主体性という言葉を「自分なりに考える」「発言・発信する」「仕事に関して協働する」という具体的な要素に分解することで、評価する側もされる側もわかりやすくなる。
すべての要求に合わせるのは難しいため、自分が好きなことややってみたいことを選択し、自分発信で仕事を面白く持っていくという姿勢が必要である。
● 働く人の生存戦略としての主体性
中間管理職になりたくない人が増えている背景には、中間管理職の業務量が膨大で、部下の数も減少しているという現実がある。
管理職としては、指示を待つのではなく自分なりに動いてくれる部下が助かるという状況が、主体性の重視につながっている。
どんな仕事にも枠組みはあるが、その中で裁量がある部分において、自分が面白いと思う方向に進めるのが現実的なアプローチである。
武藤氏はこれを「働く人の生存戦略」と呼んでおり、長く働く中で嫌なことをやるよりも面白いことをやった方がいいと誰もが自然に考えている。
就職面接では語学力や海外経験よりも、自分なりに考えるか、発信するかという点が重視されている。
企業の管理職は若手や学生の様子を見て、自分なりに考えているかどうかを非常に重視していることがインタビューから明らかになった。
今後もAIの導入などで主体性の意味がさらに変化する可能性があるが、主体性という言葉自体の意味が変わり続けること自体が興味深い現象である。