【No.18】

2025年10月28日 藤原章次(藤原印刷株式会社・『本が生まれるいちばん側で』著者)





【インタビュー・サマリー】 ※誤字・脱字はご容赦を

● 藤原印刷株式会社の歴史と創業の背景

藤原印刷株式会社(本社:長野県松本市)は、活版印刷から始まり70年近い歴史を持つ老舗印刷会社である。
現代表取締役の藤原章次(ふじはら・あきつぐ)氏は、ラジオ番組出演時に「会社名は“フジワラ”、自分の名前は“フジハラ”と読む」という発音の違いについて言及した。
これは、創業時に祖母が会社登記と個人名をそれぞれ異なる読みで登録したためだと説明しており、「週に何度もこの説明を求められる」と笑いながら語っている。
創業者である祖母は、パソコンのない時代にタイプライターの技能を身につけ、当時珍しかった女性タイピストとして事業を始めた。
タイプ原稿を作成する仕事から印刷業を拡大し、今日の藤原印刷へと発展していった。
創業者は「心刷(しんさつ/心で刷る)」という言葉を大切にしており、この理念は今も社是として受け継がれている。

● 個人出版への転換のきっかけと「ZINEの聖地」への道

藤原章次氏が個人出版に力を入れるきっかけとなったのは、約12年前(2013年前後)、ある大学生が俳優・モデルの水原希子氏を起用した自主制作のファッション誌を、アルバイト代で一冊まるごと作ったという話を知ったことだった。
ツイッター(現X)でその投稿を目にした藤原氏は、学生に直接連絡を取り、「ぜひ印刷を担当させてほしい」と申し出たという。
これを機に、藤原印刷は個人による本づくりのサポートを始めた。
藤原氏と兄の藤原隆充(たかみち)氏が2000年代後半に入社した当初、仕事のほぼ100%は出版社からの依頼であった。
しかし出版不況が深刻化する中で、同社は新しい顧客層を模索し、デザイナーやフォトグラファーなどクリエイターへの営業を強化。
結果として、「個人で本を作りたい」というニーズの高まりを発見した。
他社が対応できないような要望にも応える柔軟な姿勢を貫いた結果、藤原印刷は「ZINEの聖地」と呼ばれるようになった。

● オーダーメイドの本作りと革新的な事例

個人出版の依頼は十人いれば十通り、百人いれば百通りの要望がある。
藤原印刷ではその一つひとつにオーダーメイドで対応している。
東京藝術大学の教授から「台湾のナイロン製ショッピングバッグの生地を本の素材に使いたい」という依頼があり、試行錯誤の末、職人が背表紙部分を手作業で熱加工し、ナイロン素材を本の背に使用することを実現した。
写真家・明石ゆか氏の写真集『あかし自動車』を制作する際は、著者自身がハードカバーの表紙にオリジナル写真を手貼りする工程を担当。
また、使用済み段ボールを素材にした写真集『隙のある風景』では、著者とデザイナーが計888枚の段ボールを収集し、一冊ずつ異なる素材を使うというユニークな制作を行った。
重版分(約2,400部)もすべて個別に制作されており、大量生産では不可能な「一点もの」の魅力が評価されている。

● 本作りに関わる人々と印刷業のサービス業化

藤原印刷では「安さ」ではなく「適正なコストで良いものを作る」ことを重視している。
印刷工程には紙屋・製本所・加工業者など多くの協力会社が関わっており、それぞれに正当な対価と時間を確保することが、業界全体の持続可能性につながると考えている。
同社が手がけた書籍の奥付には、映画のエンドロールのように用紙手配や製本、断裁など、本づくりに関わった全ての人の名前が掲載されている。
藤原氏は「印刷業は受注産業であり、本を作るお客様こそが真の著者」と語る。
こうした姿勢が評価され、協力会社からも「こうすれば実現できる」といった提案が増え、チーム全体でより良い本を生み出す体制が整ってきた。

● 印刷立会の楽しさと職人技の価値

かつて年間数件しかなかった印刷立会は、現在では月に数件と大幅に増加している。
個人にとって、自分のデータが初めて紙に刷られる瞬間は特別な体験であり、本が「立体物」として生まれる感動は大きい。
藤原印刷では「印刷業はサービス業」という理念のもと、職人が顧客と一緒に最適な仕上がりを追求するスタイルを採用している。
色調整や特色の調色など、熟練職人の感覚と技術が求められる工程を顧客に公開することで、参加者の満足度と理解が高まるという。

● 個人出版の未来と忖度のない本作り

本を作る理由は人それぞれであり、100人いれば100通りの「作りたい動機」がある。
明石氏のように家族のためだけに15部を作る場合もあれば、自分の日記を100冊だけ刷りたいという人もいる。
藤原氏は「売れる必要はない。本を作ること自体が自己表現」と語る。
現代社会では何かと忖度する機会が多いが、個人出版では「誰にも忖度せずに作りたいものを作る」ことができる。
サイズ、紙質、部数などを自分で決める自由が、「作ってよかった」という実感につながる。
同社には「何も決まっていないが本を作りたい」という問い合わせも多く、デザイナーや編集者の紹介、進行サポートなども行っている。
ZINE文化が広まりつつある今、藤原印刷は個人出版の「伴走者」として活動を続けている。

● まとめと今後の展望

藤原章次氏は、学生時代に飲食店のアルバイトで失敗を重ねるなど、決められた作業が苦手だったと振り返る。
しかし、「百人百通りのオーダーメイドを考える仕事」は自分に合っていたと語る。
商業出版では紙や加工に制約が多い一方、個人出版では部数や仕様を自由に決められるため、創造の幅が大きく広がる。
「藤原印刷に頼めば何でも叶う」との評判が広がり、難しい依頼も増えているが、藤原氏はそれを「新しい挑戦の財産」と捉えている。
同社名義の著書『本が生まれるいちばん側で』は、個人出版の魅力と本作りの楽しさを伝える一冊として注目を集めている。