【No.32】2025年11月25日 すんみ・尹怡景(ユン・イキョン)(『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない  韓国、女性たちの労働生活史』翻訳家)




✖.com(すんみ)
【インタビュー・サマリー】 ※誤字・脱字はご容赦を

■『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国女性たちの労働生活史』訳者インタビュー

文化放送「武田砂鉄ラジオマガジン」に、翻訳者のスンミさんとユン・イギョンさんが出演し、韓国で反響を呼んだ書籍『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国女性たちの労働生活史』の背景と意義を語った。

    

■この本が生まれた経緯

 本書は韓国の日刊紙・京畿新聞のジェンダー企画班が、2022年に連載した記事が土台となっている。
戦後から今日まで、社会を支えてきた50〜70代女性の労働と人生を取材し「名刺のない労働者」の姿を掬い取ったものだ。
彼女たちは工場労働、縫製、露店、飲食、清掃、介護、そして家庭内労働と、一人で複数の役割を担い続けてきた。
しかし、その貢献はほとんど評価されず、記録にも残らなかった。
スンミさんは、自らの母の労働経験と重ねながら翻訳に携わったという。

■IMF危機と女性たちの現実

 本書には、1997年のIMF危機(アジア通貨危機)が大きく影を落としている。
韓国では大量リストラが発生し、多くの家庭が経済的打撃を受けた。
そのなかで女性たちは、低賃金の内職、立ち仕事の販売、家事や介護など、休む暇もない労働を続けた。
だが彼女たちは、「ただ与えられた役割をこなしてきただけ」という軽い口調で語る。
その言葉は、過酷な現実を淡々と受けとめてきた誇りの表れでもある。

■「圧縮された近代」を生きて

 韓国は非常に短期間に産業化を遂げた。
その急激な変化の裏で、「一家の大黒柱は男性」という価値観が根強く残り、女性の学業やキャリアは後回しにされた。
結婚しても労働は続き、育児、親の介護、家計の補填…そのすべてを女性が引き受けた。
ユンさんは語る「彼女たちは韓国社会を支えてきたのに、その存在は語られず、透明なままにされてきた。」

■「エッセンシャルワーカー」の中心は誰か

 韓国のエッセンシャルワーカーの26%以上が60歳以上の女性。
50代以上を含めれば4割超にもなる。
彼女たちがもし「いなくなったら」社会は即座に機能停止するだろう。
それでも彼女たちの存在は、名前のない労働として見過ごされ続けている。

■消される「女性」という主体

 訳者あとがきでは、政治デモの報道姿勢の問題にも触れられる。
ユン・イギョンさんはこう指摘する。
若い女性たちが中心のデモでも、メディアは「若年層」とまとめ、女性を消してしまう。
過去の労働と同様、現在の声すら透明化されるという現象が今も起きている。

■自分の家族を思い出す本

 韓国では新聞連載時から反響が大きかった。
書籍化のクラウドファンディングは目標の1442%を達成。
読者からは「母の人生と重なった」という声が数多く寄せられた。
日本でも同様に「身近な人の姿が浮かぶ」という反応が続いている。

■名刺のない労働者へ、スポットライトを

 本書は、過去を語るだけではない。
透明化された女性労働の問題は、私たちがいま生きる社会に続いている。
「名刺がないだけで働いていないわけじゃない」その一言には、長く見えなかった労働者たちへの敬意と、彼女たちに正当な評価を取り戻す願いが込められている。